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2019.08.28

Part4)長期アメリカ留学で得たことは、現在の自分に大きく影響している。

BBアメリカ留学記 連載 第4回目

 

 

 

 

 

英語の力を、人生の力に。

小学生からの英会話教室あうりんこENGLISH STUDIOの

英語インストラクターBBです。夏バテ気味です。

いつから日本はこんなに暑くなったのでしょうか、、、

昔住んでいたテキサスは気温が40℃近くある日もありましたが、

湿度が低いのでここまでしんどくなかった気がします。

 

 

 

 

さて、前回は留学先でnative speakerの友人作りに苦戦していたBB青年に、少しずつ友人が増えていくことになったきっかけの一つ、柔道クラブについてお話ししました。

 

 

 

 

 

 

 

 

今回からはもう一つの自分の好きなモノ、ROCKをきっかけに友人が増えていった話をしたいと思うのですが、その前置きとしてROCKとBB青年の馴れ初めについてから始めたいと思います。そして、おそらく前置きだけで今回は終わりです(笑)。

 

 

 

 

英語の成績2だった自分が、洋楽の歌詞を理解したい一心から、英語の辞書を開くようになった!

 

 

 

 

小学生のころはチェッカーズが大好きで、中学になるといわゆるバンドブーム真っ只中。ひばりが丘という地名を全国に知らしめた、西東京の星、JUN SKY WALKER(S)(以下ジュンスカ)をはじめとした、多くのバンドにBB少年は夢中でした。いまだに止まらないCD、レコード収集が始まったのもこの頃です。

 

 

 

 

 

インターネットのない時代、お気に入りのバンドの情報源は雑誌、TV、ラジオでした。ジュンスカの番組をよくカセットテープに録音していたBB少年は、ジュンスカが影響を受けた日本人バンドTHE MODSを知ります。ファンクラブに入るほどこのバンドを好きになっていきました。すると今度は、彼らが影響を受けた曲が洋楽だったことを知りますが、最初は何歌っているのかチンプンカンプンでした。ただ影響を受けやすい多感な時期のBB少年は、MODSがカッコイイって言うのだから凄いに決まっている!これを理解しなくては真のロックリスナーとはいえない!と勝手な使命感でCDを買いに走る訳です(笑)。

 

 

 

 

 

こうして洋楽という新しい世界が広がったBB少年は、洋楽邦楽問わず音楽収集という底なし沼にはまり、中年の今でも全く抜け出せません(笑)。

 

 

 

 

 

さて、洋楽のおかげで以前より英語に興味を持つようになったBB少年の成績は、高校に入り段々と上がっていきまた。そしてリスナーとして関わっていた音楽との関係にも変化が来ます。文化祭で見たクラスメイトのバンドを見て衝撃を受けるのです。彼らはいつもCDの貸し借りをする音楽仲間でしたが、まさかバンド編成で体育館で大音量をぶっ放すとは思ってもみませんでした。昔から音楽の授業はからっきしダメだった自分は、バンドというのは特別な才能がある人がやるものだと思い込んでいました。なので、今思えば高校生の拙い演奏だったのかもしれませんが、いつも一緒に馬鹿な話ばかりしていた彼らが、とても輝いて見えたのです。そして、またしても影響を受けやすい多感な時期のBB少年は思ってしまったのです(笑)「俺もやってみたい、、、」

 

 

 

 

 

こうして、リコーダーもメロディオンも大の苦手だったBB少年は、6本より4本のほうが楽だろうという安直な理由でベースギターを手にしたのでした。ジュンスカもTHE MODSも大きな枠ではパンクというジャンルに属するのですが、一般的にパンクが誰にでも出来る単純な音楽とされていたとはいえ、楽譜も読めないドレミも分からないド素人の自分には、彼らの曲は難しすぎてコピー出来ませんでした。最初に手にしたベースは借り物だったのですが、これを貸してくれた友人が、「RAMONESなら簡単だよ」と教えてくれました。

 

 

 

 

 

そして3~4か所のポジションが押さえられればRAMONESの曲は弾けるということが分かり、下手なりにベースを触るのが楽しくなっていくのでした。この頃はまだほんのお遊び程度で、バンド組んで人と合わせて演奏するのはずっと先のことになります。

 

 

 

 

 

 

RAMONES (ラモーンズ) は70年代にニューヨークで結成されたPUNK ROCKの元祖とも言われるバンドで、CDを聞き漁っていました。未だに自分のレコード棚の大半を占めるのは、このラモーンズなど70~80年代のPUNK ROCKですが、自分が高校生の時にはこれらのほとんどのバンドは解散していて、既に伝説だったのに対し、RAMONESは当時まだ現役で新しいアルバムも出していたのです。当然思い入れもひとしおで、幸運にも留学前に、最後の日本ツアーを中野サンプラザで、ベースを貸してくれた友人と一緒に見られたのは良い思い出です。

 

 

 

 

 

このラモーンズ、世界中のパンク好きには神様の様なバンドなのですが、本国ではヒットチャートの上位にくることもなく、いわゆる売れているメジャーなバンドではありませんでした。しかし、不思議なことに音楽は聞いたことないが、名前は知っているという人が異様に多いというバンドでもありました。スタジアム級の大きな会場ではやらずに、常に世界中の小~中級の会場をくまなくドサ廻りしていたという理由もあると思いますが、もう一つの理由として、世界中でRAMONESのバンドTシャツの普及率が凄かったからではないか、と個人的には思っています。ここ10年くらい、日本でもユニクロで販売されるようになったからなのか、ラモーンズのロゴTシャツを着ている人をよく見かけるようになりました。

 

 

 

 

 

 

何のTシャツか知らないで着ている人に私は声を大にして言いたい!

今からでも遅くない!せっかくそのシャツに出会えたのだから、RAMONESの音楽を聴きなさい!と。(笑)

(メンバーのほとんどは亡くなってしまいましたが、、、)

 

 

 

 

 

閑話休題。

BB少年もご多分に漏れず(?)ラモーンズのTシャツを5枚ぐらい所有しており、それを代わる代わる制服の下に着こんでは、「お前らどーせ知らんだろ、、、」と気味の悪い優越感に浸っていたのでした(笑)。

 

 

 

 

 

 

そろそろ読者の皆さんから「バンドTシャツと留学生活になんの関係があるんだ!」と厳しい突っ込みが入りそうですが、、、(笑)

自分の場合これが大アリだったのです。

 

 

 

 

 

 

さて、予告通りの長い前置きになりましたが、私の青春時代を語るには省けない部分ですのでご勘弁を。

次回はそんなRAMONES Tシャツがもたらした出会いと、Indianaでのバンド活動の話をしたいと思います。お楽しみに!

 

RAMONES T-shirt rules!

 

BB

 

 

 

英語の力を、人生の力に。

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英語の上達をサポートするために、教育コーチングを取り入れた

西東京市の田無で、ユニークな英会話教室を目指しています。

 

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